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劇団からっかぜの芝居つくりで思うことⅪ [劇団からっかぜ]

芝居つくりのメモ(再度繰返)       劇団からっかぜ 布施 佑一郎 2018/03/14(第4版)

 言語的行動の押さえを行う。読み合わせだけが独立させてあるわけではないが、喋る事が少ない生活環境(貧弱な言語生活上)では、大切な物。言葉の世界から入ってみる。
読み合わせの内に、いくつかの罠があると思います。初期のチェックポイント。

1),文字から入るため、句読点を、……チョンチョンにこだわる。それを間だと思い込んでしまう。
日常生活の言葉では、関係がない。句読点は、文字として伝えるための暗示物であって、言葉としての間とか呼吸する所ではないと思います。
2),どこで呼吸つぎするか分からない人、発声法が分からない人、要は、呼吸を吸えない人には、呼吸つぎの場所をナビする。意味が切れた所で呼吸継ぎをすると台詞が終わったと相手役が思ってしまう。
3),舞台では、大きな声を出すものだと言う思い込みのある人、すばらしい声を出さなくてはと言う思い込みから、妙に突っ張った物言い、怒鳴った物言いになる。普段の声は実にいい声なのに、力んでいるためになります。
4),説明芝居、テレビの演技に多い。「今私はこう思っています。」
相手を見てない。眼がうそになっている。行動の変わり目に呼吸継ぎの癖が出る。
心理的に、客席を見ている。演出を伺っている。行動の振りをする。出だしにアクセントが来る。
5),自分の為の芝居をしてしまう。本来なら台詞をしゃべるとき、相手を変えようとして働きかける場面で、それを自分の行為を正当化させる為に、自分を納得させるように台詞を出すのは、良くないし、すべきでない。自分の為のお芝居は、一般的な演技の芝居になる「泣く時はこう・怒る時はこんな顔付き」というようになる。更に感情の押し売りにとエスカレートする。
ある結果を想定して、相手の台詞に関係なく自分勝手に悲しい振り、怒った振りをし、雰囲気を演ずる。「感情とは、行動が的確に掛けられた時、結果的に体験できること」

 俳優は、演出のロボットではありません。俳優自らの創造があって成り立ちますが、
形象以前の諸問題で苦しむ事が多いです。肉体が開放されていない。台詞が棒読みで会話になっていない。癖が強い。足が舞台に接着されている。
◎自分の声がこの会場で通るだろうか?心配の中で行うとしゃべり、相手役が見えなくなる。
体の解放を創る。何百人もの人に私は見つめられているんだと思うだけで体が固くなり、声が出なくなる。そんな時、客へ前を向いて体をほぐそうとしても、ほぐれるわけがない。相手役をどうしたいのか本気になって行動させる。そのことのみ、客席の目を忘れさせる。うまく出来ている時は、夢中で自分側からなくただ相手役のことをみように覚えているような時である。
◎自分の云い方探しをしているようでは駄目だ。相手をどう変えるのか、行動の根っこの所を押さる。。
◎役者の身になってのダメ出しが必要。何処が傷害になって声が出ないか。何処が傷害になって体が動けないでいるのか、の見方が必要。出来ていない所だけの指摘は、役者を腐らせる。
◎くどい、読み合わせは行わない。丸暗記するほどやると動きが出来なくなる。手足・体がじゃまになる行動になってします。
◎しゃべり合う中で、ふくらまし、挑発し合う関係を創る。(生徒にならない)
◎役者を操り人形にしない。一時的にしろ、役者がストライキを起こす。(先生にならない)
◎演出の意志で動かされていると役者が思ったらダメ。なりよりも役者がのびのび動ける手助けをする。
◎この芝居は、役者自分自身が全部創ったんだという思いで出来る関係の芝居造りが良い。
◎役者の伸び具合を分かってやる。細かい変わりかたを暖かく見ている目が必要です。


☆芝居が生き生きしない原因(再度繰返し)
1)、文字を読む所から抜け出せない。
1)、行動が曖昧にしかつかめていない時
1)、目が死んでいる。
1)、云い方探しをしている。
1)、誰に物を言っているか分からなくなってしまう。
1)、大きな声を出さなくては、ダメだと思っているプレッシャー。
これら障害を繰り返していると、蓄積され、舌の根っこの所が固まり云い方として、動きとして抜け出すことが出来なくなる。後で気が付いて分かっても、直そうと思っても、その悪い云い方、動きが蓄積されているため抜け出すことが出来なくなる。
体と声は、密接している。こわばった体に、生きた声は出ない。言葉を言う時、体がじゃまになっている時、体の動きがおろそかになっている。クビとカタに力が入っていると、相手に集中できない。強張ったものに言いと手と足が邪魔になる。
キャラクターを固定的に決め付けない。無口なキャラの人がある局面で雄弁になる。
雄弁なキャラの人がある局面で無口になる。(好きな人の前でしゃべれなくなる)
状況で、相手が変われば、自分も変わる。変化するものとして捕らえる。
行動傾向(キャラ)が阻むもので変わっていくさま(葛藤ドラマ)を楽しむ。
過去から現在未来へといきていく。決め付けないで問い続ける。もし私だったらの魔法。
実感があるか。常に実感を持ってできるように訓練する。
おかれている状況・境遇(シチュエーション) で行動傾向(キャラ)がどのように変化するのか?
きつい人とやさしい人を対立的に考えない。怒る人を見てやさしくない人だと決め付けない。状況が変わり、自分が変わり、相手も変化する。相手の対応が変われば、自分も変わる。変化するものとして捕らえる振り演技ではない。実感を大切に、目的を持った行動が阻害されたときドラマが生まれる。

繰り返し問う。(からだに貞く)
「俳優の芸術とは舞台での行動である」ということを理解する。、「行動」とは如何なるものなのか?を理解する為に、戯曲が始まる前に経験したであろう様々な人物の個人&集団エチュードに取り組む。
この取組みにより、人物が行動を行うには、その衝動を持ち得るだけの【与えられた状況】とその現状をより望むものに変えたいという【目的】が常に必要であること。加えて、目的の前には常に【障害】が横たわっており、それに抵抗しようとすることが行動を生み、その過程で【事件】に出違うと感情は自ずと生まれてくる、というスタニスラフスキー・システムの基本を頭だけではなく、心や身体、感情など全ての要素を適して理解を進める。
「戯曲の前物語」に取組む。夫々の場面に起こっている【事件「人物は誰に何を求めているのか【目的】、それを邪魔している【障害】は何かを台本の特徴から発見する。
この作業に綿密に取組むことにより、演出家にとっても俳優にとっても戯曲を読み解く上で重要なことは(事件を正確に把握し、対立や葛藤などの障害を具体的に捉える能力)だということを理解する。
初めのうちは台詞に囚われ過ぎていた分析や演技も、講師の「人物が何を言っているのかではなく、その言葉を使い誰の何を変えたいと思っているのかを推測する」
舞台上で自分を表現して見せるのではなく、相手に対して行動する、、生きる演技に歩みを進めていく。
◎繰り返しになりますが、やってはいけない陥りやすい罠、
セリフを覚え、そのセリフに動きをつける。そこから抜け出せれないでいる事の無自覚。

初版1975年 (曳馬町)
第2版 1980年11月30日(中田町)
第3版 2013年05月31日(篠原町)
第4版 2018年04月02日(篠原町)

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