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劇団からっかぜの芝居つくりで思うことⅦ [劇団からっかぜ]

セリフについて。

怖いお父さんと分かりのいいお母さんの間に入って、お父さんの苛立ちを見てお母さんに「早くして」と言うときの状況で、ごっこ遊。

お父さんとお母さんとを入れ替えてみる。怖いお父さんに「早くして」を言う。
皆で遊んでみる。役についていない人も、息子の言動を無責任に行ってみる。
お父さん役の人も息子になたりお母さんになって遊ぶ。
「早くして」の内容が出てくる。

お父さんに対する行動傾向(キャラ)とお母さんに対する行動傾向(キャラ)の違い(振れ)を楽しむ。
お兄ちゃんの妹たちへの行動傾向(キャラ)と弟に対すいる行動傾向(キャラ)の違い(振れ)を楽しむ。

台詞は、要求に基づく行動です。

台詞が開放されなくては、肉体も開放されない。実感の伴った語感を大切にしたい。
ビジョンのフイルム化がなされているか?

だんなの様子が変(元気がない、雰囲気が暗い)で子供ができていることを言えない。
自活の自負があるのに、うじうじ考えている。
終わった話を考えている。


創造的欠陥の発見、台詞が相手に伝わらない。
相互に創造に刺激を与え合う関係
創造性が引き出されない限り安定した舞台は創れない。

 表に書き過ぎている。言葉で説明しすぎている本。書かない裏が豊なほど燃えることができる。本当は同なのかと、突っ込み合える関係のが良い。
◎音としての言葉、文字としては成り立っているが、音として生きていない。
 同音異語の言葉。活字思考→日本の国語教育が、音声・話し方教育を行っていない。目で文字を追う事は割と出きるが、音で関わりあう経験が少ない。
 自分がやる気になって、台本を読んだ時、体がうずいて来るかどうかと言うこと。
演出の言葉であって、登場人物なりの言葉になっていない。

喋る事が少ない生活環境(貧弱な言語生活上)では、大切な物。言葉の世界から入ってみる。
,文字から入るため、句読点を、チョンチョンにこだわる。それを間だと思い込んでしまう。日常生活の言葉では、関係がない。句読点は、文字として伝えるための暗示物であって、言葉としての間とか呼吸する所ではないと思います。

意味が切れた所で呼吸継ぎをすると台詞が終わったと相手役が思ってしまう。
,舞台では、大きな声を出すものだと言う思い込みのある人、すばらしい声を出さなくてはと言う思い込みから、妙に突っ張った物言い、怒鳴った物言いになる。
,説明芝居、テレビの演技に多い。「今私はこう思っています。」
相手を見てない。眼がうそになっている。行動の変わり目に呼吸継ぎの癖が出る。
心理的に、客席を見ている。演出を伺っている。行動の振りをする。
自分の為の芝居をしてしまう。本来なら台詞をしゃべるとき、相手を変えようとして働きかける場面で、それを自分の行為を正当化させる為に、自分を納得させるように台詞を出すのは、良くないし、すべきでない。自分の為のお芝居は、一般的な演技の芝居になる「泣く時はこう・怒る時はこんな顔付き」というようになる。更に感情の押し売りにとエスカレートする。
ある結果を想定して、相手の台詞に関係なく自分勝手に悲しい振り、怒った振りをし雰囲気を演ずる。

注意 その時代の人々の思想・感情・感覚に鋭く入り込む。
全てを忘れ、素直に、独断と偏見を捨て、作品と自分をぶつけて見る。

描かれた現実の研究
 作品の中の風俗・社会状況・習慣・経済状況・政治的歴史的条件・一般の思想傾向・写真・資料などあさって、出来るだけ多面的に深く詳しく知ることが必要である。
こうして調べ上げた作品の環境が主題の判定を容易に正確にさせる。
戯曲に描かれている現実に対して、作者はどんな態度・立場をとっているか。いかに描いているかが思想。
ピースの中で、役中の人物がどのような行動をとっているのか。その相手役に、それに対してどのような行動を行っているか。
筋を先に進める上で重要な出来事を確かめる。その主なる筋は何であり、それに阻むものは何か。
心の中の本当の思い。特にどのような行動をしているか、動詞の形で書いておく。あらわしておく。

泣いた感情に流され、全てを悲しい雰囲気で喋ってしまう。
何を伝えようとしているのか。役者への説明ではない。

俳優は、演出のロボットではありません。俳優自らの創造があって成り立ちます。

形象以前の諸問題で苦しむ事が多いです。肉体が開放されていない。
台詞が棒読みで会話になっていない。癖が強い。足が舞台に接着されている。
◎自分の声がこの会場で通るだろうか?心配の中で行うとしゃべり翔相手役が見えなくなる。
体の解放を創る。何百人もの人に私は見つめられているんだと思うだけで体が固くなり、声が出なくなる。そんな時、客へ前を向いて体をほぐそうとしても、ほぐれるわけがない。相手役をどうしたいのか本気になって行動する。そのことのみ、客席の目を忘れさせる。うまく出来ている時は、夢中で自分側からなくただ相手役のことをみように覚えているような時である。
◎自分の云い方探しをしているようでは駄目だ。相手をどう変えるのか、行動の根っこの所を押さえて行かなくては駄目だ。
何処が傷害になって声が出ないか。何処が傷害になって体が動けないでいるんか、の見方が必要。
◎しゃべり合う中で、ふくらまし、挑発し合う関係を創る。
◎演出の意志で動かされていると思ったらダメ。

☆芝居が生き生きしない原因
1)、文字を読む所から抜け出せない。
1)、行動が曖昧にしかつかめていない時
1)、目が死んでいる。
1)、云い方探しをしている。
1)、誰に物を言っているか分からなくなってしまう。
1)、大きな声を出さなくては、ダメだと思っているプレッシャー。

これら障害を繰り返していると、蓄積され、舌の根っこの所が固まり云い方として、動きとして抜け出すことが出来なくなる。後で気が付いて分かっても、直そうと思っても、その悪い云い方、動きが蓄積されているため抜け出すことが出来なくなる。

体と声は、密接している。こわばった体に、生きた声は出ない。言葉を言う時、体がじゃまになっている時、体の動きがおろそかになっている。

色んな事に対して、好奇心を持ちつづけることが大切。
根本には、人間が人間にメッセージを伝える仕事だから人間を知ることが大切。

いくら照明器具の名が分かっても、技術が分かっても、根本には、その本が示している世界、その中にある人間の心理のひだが分からなくては、どうしようもない。


劇団からっかぜ
浜松市芸術祭演劇の60年史
ふじのくに芸術祭演劇コンクール
はままつ演劇フェスティバル
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